病んでる系カウンセラーのブログ

カウンセラー(アマチュア)視点で書くゆるゆる日記(^q^)

別れの雨。

ただいま、夜中の2時です。公開は朝6時半ですが。

仕事が終わり、車の中で書いています。
突然の大雨に見舞われてます。にっくき花粉で汚れた車が綺麗になるなーなんて思ったりしています。

フロントガラスに当たった雨は、オレンジの街灯で照らされて線香花火のように散っていきます。

近所のおばあさんが亡くなりました。
テレビでも、連日の事件事故。届かないとは思いますが、お悔やみを申し上げます。

なんとなく。別れをテーマに。心に浮かんだことを。


親との別れ。

誰かと一緒にいる。でも別れはそのうち来ます。
必ず来ます。 私は、高校卒業後に親元を離れました。

しばらく自由の素晴らしさを楽しみました。
身の回りには、同世代が多く、仕事と遊び、飲み会に忙しい日々を過ごしました。

でも時々。やっぱり思うんですよね。
ホームシックというか。何となく、一人なんだなぁって。その時は、何となくでした。


友人との別れ。

それから色々あって。仲の良い友達が出来て。
一緒にたくさんバカをやって。
でも、その友達とも別れが来ました。
心にぽっかりと穴が開くという表現が身に染みて分かったのを覚えています。
誰が考えたかは分かりませんが。なんとまぁその通りだなと。
自分の心にその人がいて。信頼していて。 一緒にいる間は気にならないんですけど、いなくなった途端にその大きさが分かるんです。不思議なものです。

人間の機能として、こんな残酷なものが必要なのか。
そう思いました。何の為にこんな思いをさせるのかと。
「慣れ」というべきでしょうか。大切なものが、当たり前になる。当たり前のものがなくなった時、大切なものに戻るんです。 未熟な私は苦しみました。


退職。大勢の人との別れ。

私の最初の職場は、とても大きな職場でした。 何十、何百の出会いがありました。退職した今も、彼らのことは忘れられません。感謝しかありません。
退職理由はひどく個人的なもので、同時に私にはどうする事も出来ないことでした。
しかしながら、後悔は尽きません。
後悔すると分かって辞めたつもりでした。覚悟はしていました。
しかしながら、想像をはるかに超える後悔を味わいました。これもまた、別れるまで分からなかったのです。見えなかったのです。
身近な人が、どれだけ自分の心の支えになっていたのか。
理由は分かりませんが、別れるまでそれは見えないのです。


知ってもらいたい事

身近な人との別れは、必ず来ます。 いて当たり前。毎日会うのは当たり前。
そんな当たり前という感情が、そして「慣れ」が。心の目を曇らせると私は思います。

いま生きていることは当たり前ではないんです。

呼吸が出来ることも。 会社や学校に行けることも。 歩くことも。立つことも。 極端な話、誰だって1秒後に生きている保証なんてどこにもありません。
大切なのは、その日常をどう生きるか。人とどう接するかだと思います。日常を、当たり前のように過ごすことを否定はしませんけれど。

別れの後の、喪失感。 大切な人がもしいなくなったら。

少しでいいので、考えてみてもらえたらなぁと思います。

なにがし。