病んでる系カウンセラーのブログ

カウンセラー(アマチュア)視点で書くゆるゆる日記

生きる価値なんて必要なし。

「生きる価値ってなんだろう?」

これっぽいことは良く聞かれることが多いです。

生きる価値。 私にも分かりません。

ただ、私もよく思います。
存在意義とか、生きる価値。
なんだろうこれって。

そんなものを今日は、語っていきたいと思います。

どういう時に思うのか

これを思う時、自分はどんな感情だったのか。
思い返してみました。

面白く無いことが起きた時。
誰かと喧嘩した時。
後悔するような出来事を起こしてしまった時。
他人に失望されるようなことをしてしまった時。
ひとりぼっちで悲しい時。

こんなところでしょうか。

おおよそ。
ネガティブな出来事が起こった時ですね。

なぜ思うのか

で。
なぜ生きる価値とか存在意義という思考に向いてしまうのか。

これは、おそらく。
自尊感情が低下し、そこに自罰感情が強化された為かなと思います。

その原因は、様々ありますが。
いくつかの欲求が満たされていないからなのかなぁと思うんです。

人間には、食欲、性欲、睡眠欲の三大欲求の他に、
あまり有名ではありませんが四つの衝動と言われる欲求があります。
※あくまでも一つの考え方です。

今回の要因に関わるものとして。 四つの衝動のうちの一つ。
無条件の愛情を求める欲求が関わっていると思います。

無条件の愛情は基本的にまず、親から貰います。

そしてその欲求は、心の内に常に在ると言われています。

昨今、有名になった言葉で、承認欲求というのがありますね。
あれも無条件の愛情の一つです。

誰からも、愛されたい。
みんなに、認めて欲しい。

そんな欲求が心には在るわけです。
誰しもが、 見ず知らずの他人に冷たい扱いを受けるとイラッとします。

多くの人は、人から優しくされたい。

だから、それと真逆の性質を持つネガティブな出来事に反発し、落ち込むんです。

人間の生来の欲求である、承認欲求や無条件の愛を求める衝動が満たされないが為に。

結論

この辺は完全に持論なんですが、
そういう心の働きによって生じている以上。

ぶっちゃけ。

存在意義とか生きる価値そのものなんてどうでもいいんじゃないかと思うんです。
他の人は分かりませんが、私の経験上。

そういうことを考えた原因の出来事が解決すると、
あとはそんなこと考えません。

誰かと喧嘩して、あぁ私はなんてダメ人間なんだ、 存在価値なんてないわ…と思っていても。

仲直りしたら最後。
そんなこと考えていたことすら忘れます。

私が単純なのかもしれませんが、なんかそんなもんだなと思います。

口癖ならぬ、考え癖というか。
ネガティブな出来事=存在意義を探す、みたいな。

だから、そんな深く考えなくてもいいんじゃないかな。

よくよく考えれば存在意義とか、人によって異なるし。
生きる意味も、別に大層なものなんてない。

人間なんて、生まれた以上、生きるしかないのだから。
誰かの許しも何も、必要ない。

だから、そんなものを考えるより。
美味しそうなコンビニのスイーツを眺めて、何買おうかなって考える方がきっと、よっぽどいい。

そんな結論に、達しました。

おわりに

なんか拍子抜けかもしれませんが。
これが私なりの答えです。

生きる価値とか探し出したら、コンビニのスイーツでも買いに行こう。

なにがし。