言葉は本当に重い。
今日はそんなことを改めて考えてみました。
我々が目にする、多くのものが言葉によって出来ています。
ニュースも。
メールやラインのやりとりも。
電話も。
会話も。
会社やブランド名だって、言葉で。
人の心の中にそれぞれ意味を持っています。
CHANELという言葉に惹かれ、憧れる人もいれば。
別れた恋人に貰った悲しい思い入れがある人だっている。
100円ショップと聞けば、便利で小物が安く買えると思う人がいれば。
壊れやすいものが多いと思う人がいる。
言葉はそれぞれの人の心の中で、それぞれの意味になって。
それぞれの心の中に存在します。
その中で。
多く人が良いものだと思えば価値は高くなり、多くの人が悪いと思えば価値は低くなります。
多数決みたいなものですね。
お金にまつわる価値は、多くが基本的にそういうものだと感じます。
誰かに投げつける言葉も同じです。
ガセネタだとしても、社会に投げつければ人を追い詰めることもできます。
迷惑メールも、何十万という大金すら動かします。
オレオレ詐偽なども、言葉たくみに何十、何千万というお金すら出させてしまいます。
小説は人の心を動かして涙を誘い、新聞は驚きをもたらします。
僧侶の言葉も人の心を動かします。
国のトップの言葉も社会に多大なる影響を及ぼします。
言葉はすごい力がある。
使い方一つで途轍もない力を発揮します。
口から発する、形にも残らない声であったとしてもそれは同様で。
私たちはこんなにもすごい能力をほぼ無制限に行使できるんです。
全ては使い方次第です。
人から何かを言われてショックだった、という経験は誰しも少しはあると思います。
しかし、自分がいつ逆の立場になるかも分かりません。
言葉は重い。
逆に、自分がそれを使いこなせれば大きな武器にもなり得るわけです。
口から発するのが苦手なら、パソコンで表現しましょう。書いて表現しましょう。
この意味を。
言葉の意味の重さを。
誰でも扱えるものであるということを。
知っているのと知らないのとでは大きな違いがあります。
言葉の力を用いたものの中に。 現状を打開する力になり得るものが必ずあると私は思っています。
そんなことを考えてみてもいいのではないかなと思います。
なんて。
なにがし。