よく、劣等感やコンプレックス(一般的な意味での)に苦しむ、という話があるけれど。
個人的に、私は全くそうだと思いません。
むしろ劣等感こそ、強く生きる糧だと思います。
今日はそんな。
劣等感やコンプレックスに苦しんでいる、という人に。
何かを伝えられたら良いなぁと思います。
劣等感とは
色々な考え方があります。
おおよそは。
自分が他人に対して劣っているという感覚、というところでしょうか。
これは対他的劣等感などと言われたりします。
さらに。
自分の理想に対して、自分自身が追いついていなかったり、出来なかったり、というギャップに対しても劣等感を感じるという考え方もあります。
これは対自的劣等感と言われたりします。
他人か、自分の理想か。
そういうものに対して感じる自分自身とのギャップにより、憤りや悔しさ、惨めさなどが劣等感と呼ばれたりします。
あくまで一つの考え方です。
劣等感は、甘くは無い
劣等感は、およそマイナスなものと捉えられます。
劣等感から起きたいざこざや犯罪、それによって抱える精神疾患が数多くあるのは事実です。
多感な思春期、お金に絡むもの、愛情に絡むもの。
人の心のとても強く大きく、敏感な部分に関わってくるからです。
劣等感を語る上で、こういう側面は避けて通れないと私は思います。
劣等感が生み出す悪意、憎悪、絶望。
こういうものは決して軽くはありません。
人の人生を左右するものです。
だから。
軽々しくは考えるつもりは毛頭ありません。
劣等感は、甘いものでは無いと私は思います。
劣等感があるからこそ人は頑張る
このような強いエネルギーをもつからこそ劣等感は、心を激しく動かします。
しかし何事にも、表裏があるので。
当然悪い面もあれば、良い面もあるはずです。
劣等感を良い方向に向けることさえできれば。
それはそれは強いエネルギーになるはずです。
簡単ではないかもしれません。
でも。
なにくそと思うことが限界を突破するきっかけになったことがある人も多いのでは無いでしょうか。
誰かに言われたキツい一言。
それが自分を大きく変える。
告白してフラれたことがきっかけで太っていた人がダイエットで大変身する、なんて話もテレビでやっていますよね。
劣等感に苦しみすぎると、いつしか感覚が麻痺してきます。
劣等感を劣等感とも思わなくなります。
そうなる前に。
苦しいと感じるうちに。
そのエネルギーを良い方向に爆発させることができれば。
きっと、良いと思うんです。
劣等感と向き合って生きる
劣等感を感じることは良い意味で才能だと思います。
それでは嫌なのだから。
現状に満足できないのだから。
言い換えれば、向上心という素晴らしい言葉と同じ意味を持ちます。
人間、刺激がなければ努力は難しいものです。
社会人になって特に必要もないのに英語の勉強ができるかと言われれば、
大半の人が途中で諦めます。そもそも始めるかすら怪しいです。
まずは劣等感を感じることが成長の種になり得ると思います。
劣等感の持つ、マイナスな面を気にするよりも。
芽生えた劣等感をいかに活用するかを考えた方がよっぽど建設的で素晴らしいことではないでしょうか。
おわりに
何事も捉え方ひとつ。
良いと思えば良い。
悪いと思えば悪い。
物事にはそういう、至極単純な側面もあると思います。
劣等感という刺激を敵に回すか味方にするか。
そういうのを考えてみるのもいいのかな、と思います。
なにがし。