病んでる系カウンセラーのブログ

カウンセラー(アマチュア)視点で書くゆるゆる日記

手抜きと真剣の話。

今回はちょっとした雑談です。

ここ何年かで、タバコは悪だ!という話になり。
様々な場所で分煙が進んでいます。
この春から屋内の喫煙もかなり厳しくなりました。

タバコの健康に対する影響は正直よく分からないし、
嗜好品なので好きな人は迷惑にならないのであればご自由にと言うのが私のスタンスです。


そんな中で、前々から思っていましたが。

喫煙所の雰囲気はすごく良くない。そんな風に個人的に感じます。

人通りの有無に関わらず、はいここ喫煙所ですというような。

特に以前の職場がそうでした。
お客様の通る道の近くで青空喫煙所。
一斗缶をボンと置いて従業員がスパスパと。

そこに予算を割けないというのも理解はできますが。
健康云々よりも前に、商売をやっている場所として見栄えがあまり良くないなぁと感じました。

吸う人も吸わない人も気持ち良くない。

社会としては喫煙者自体を減らす方向性なので、吸う人に良い環境を与えるのはいけないのかもしれませんが、ただそこを通っただけの人にまで不快感を与えるのはちょっとどうなのかなぁと思いました。

数千円で買える目隠しのひとつもあれば、違うと思ったのですが。

賛否あるかと思いますが、私自身は嫌煙家ではないので喫煙自体はどうでもいいです。
ここで吸えと言われて、そこで喫煙しているだけの話なので喫煙者が悪いとも思っていません。

その背景にある、会社側の言われたからやってやった的な感覚が個人的に苦手なのだと思います。
最低限やらなくてはいけないことをしてはいるんだけれども、そのクオリティが低いというか。

その企業に勤めていた身内だからこそ感じたのかもしれません。

今は別にそういう風に思うことはありませんし、店にクレームでも入れようなんて全く思いません。
寒空の下でタバコを吸っている人を見たら大変だなぁと思う程度です。

立ち位置によって、その受け取り方は様々です。


あくまでもこれは一例で。
似たような、やってやった感を感じることはたくさんあるかと思います。

彼女の親に結婚の挨拶に行くときに。
彼氏がやんちゃなファッションに身を包んで「娘さんを幸せにします」なんて言ってブチ切れられるお話なんかどこかで聞いたことがあります。

今は分かりませんが、私が子どもの頃はケンカをして謝ったときに、心がこもってなーいと言うやりとりをよく聞きました。

政治家が笑いながらよく使う、撤回しますというやつとか。昔あった反省してまーすとか。

イエス、ノー、やった、出来た、言った。表面的なやりとりだけじゃなく。
あまり良いイメージが無くなってしまいましたが、
誠意を見せなくてはいけない場面とでも言うのでしょうか。

取り敢えずやっときゃ良いみたいな場面もどうしてもあるので、すごく難しいことだとは思うのですが。
こう言う、真に迫る行いが必要な場面ってあるのかなと感じます。

手抜きも大事ですが、それをして良い場面かどうかを判別することはもっと重要です。

どうしたって文句のつけようはあるし、謝罪の部分で考えるならば人は誰だって失敗します。
だからやるべきことは十二分にやらないといけない。その上で手抜きをするのが上手なやり方なのかなぁと。

許す人は笑って許すし、許さない人は丸坊主にしても心には響かない。

その差を決めるのは何か。何が必要なのか。
それを自分でよく考えよう。
どうしたって人と共に生きなくてはならないのだから。

そんなことを、今日は思いました。

自戒を込めて。

なにがし。