新型コロナがまた増えてきましたね。
身近なところの話を少し書こうかと思います。
結局怖いのは人だよね、という話です。
分からないものは怖い
群衆心理が強く働くのは、やっぱり未知のものに対してです。
分からないことは、怖い。
さらにはたくさんの人がそうしていれば、それをやっていない自分が間違っているのでは無いかと不安に感じるものです。
テレビとネットという情報源
ネットを情報源にすると、色々な情報が客観的に見れたりするものなのですが。
(もちろんこれはものによっては怪しい情報もあるので一概には言えません)
テレビを主な情報源とする人の多い地方では。
本当に単純に、テレビ番組の方向性に則って行動する人も多く。
年代も相まって、悪く書いてしまえば流されやすい人が相対的に多いと感じます。
私も結局は何とも言えません。
出来るだけ客観的にものを見ようとは努力しているのですが、そうとも限らないなぁと思っています。
ネットを扱う以上は、ネットリテラシーも当然意識しなくてはならない。
しかしテレビを情報源にする人は、そこにテレビリテラシーみたいなものが存在しているか微妙だと感じます。
テレビの情報に対しての信頼性
ある程度の年齢以上は。
テレビの普及、進化とともに育っているので、テレビに対しての信頼感が高いなぁと感じます。
ネットはそもそも、トイレの落書きと揶揄されてきたほどのものなので。
例えば公的機関の発表などのいわゆる信頼できる情報ソースとセットで信ぴょう性を測ることが必須とされてきました。
テレビには、災害時の情報媒体だったりニュース速報が発表される等、ある程度の信頼性が元から見えるのでそれを疑う考え方がそもそもあまり無いように思います。
昨日のニュースの話
で。
ちょっと話を戻します。
昨日見たテレビニュースでは。
一部地域において新型コロナが増えてきているが、この結果によって必要以上の自粛が起きて経済活動が阻害されてしまう懸念があるという旨の話をしていました。
繰り返しますが、私は医療関係者ではないのでこういう話の是非も真偽も分かりません。
ネットで常に情報に触れてはいますが、テレビのニュースも毎日見ているわけではありません。
一つだけ理解したのは。
少なくとも私が昨日見たニュースでは、
自粛ムードはもうやめましょうとテレビで発信していたということ。
確かに。
情報は蓄積されてきていて、経済の停滞も深刻化していて。
ある程度の予防策も見えてきて。
(激増してる箇所はあるけど)
重症化も少ない。
(ゼロでは無い)
いろんな人の、いろんな思惑が混じり合った結果のニュースなのかもしれません。
勤勉さと、真面目さと、手洗い、うがい。
文化。地域社会、監視社会。一人一人の意識。
色々なもので新型コロナの蔓延を抑えてきたと私は思っていましたが。 それはもうやめろと言っているんだなと、率直に感じました。
失業者は三万人を越えるし。
コロナにビビってないで経済を回さないといかんよ、という方向性にシフトするのだと。
ふてくされるわけでもないですし、結局正解は私の中には無いので。
とりあえずテレビでこういう方向性が発表されたんだなとしか感じることはできません。
変わらずに地方は荒れる
ただ。
今までと変わらず地方は荒れる、それだけは思いました。
ほとんどが車通勤ですし、注意さえしていれば人の多い地域よりはよっぽど安心だとは思います。
しかし。私が住んでいる所は、比較的住宅街で監視社会、かつ深刻な高齢化。
新型コロナに罹ったら即バレるし一撃で村八分にされるでしょう。
今やっているどこどこでクラスターだの、どこの誰が何人陽性になっただのの発信が止まらなければ。
薬ができてインフルエンザと同等ぐらいの扱いにならなければ。
逆に一気に地域に蔓延でもしなければ。
罹ったら終わり。即、生活の軌道修正を迫られます。
そうなったらそうなったで私はしょうがないと割り切りますが。
それを恐れる人はきっと、たくさんいます。
もちろん、不況のアオリで失職したり給料が減るのはそれはそれで苦しいものですが。
新型コロナに罹った瞬間にそれ以上のものもまた、待っているのは現時点では事実じゃないかなと。
そう感じざるを得ません。
おわりに
ものの見方には、大局というものがありますが。
大局でものを見ると良い方と悪い方にある程度分かれます。
自分の生活がそこにかかっていて。
もし悪い方に含まれる場合。
やっぱり人は不安になるものだと思います。
正解とか不正解とか、私には分かりません。
今回のような出来事は、大きな流れの更にうねりの中のようなものなので。
ただ、自分と目の前にあるものの為に最善を尽くすことしかできない。
そんな風にただただ思いました。
なにがし。