
社会人は、「社会の歯車」という形容をされることがあります。
今日はそんな話。
私は一度フリーランスとなり、再び会社員に戻りました。
それから色々あって、いまは電車に揺られながら勤務先へと向かう生活になりました。
そこにいるのは、大量の「社会の歯車」です。
改めて見て、そんなことを思いました。
今日も今日とて、死んだ魚のような目をしてそれぞれの持ち場へ向かっていきます。
私も含めて、社会の歯車はほとんどオンリーワンではありません。
壊れても替えがきく
なくても困らない歯車もある
同じ形の歯車もたくさんある
だから歯車たちは、
**必死こいて自分の持ち場を守る。
すごく当たり前のことですが、それが繰り返されているのが社会の大多数。
しかし。
歯車には個性があると思っています。
社会を回すために同じ形をしている歯車はあれど、それがどんな材質か、どんな特性を持っているのか。柔らかいのか硬いのか、熱に強いのか弱いのか、赤いのか黒いのか、マーブル模様なのか。
そういう特性も併せ持っていて、そこは自分の思い通りにカスタマイズすることができます。
少し視点を変えてみれば、朝の通勤電車は薄汚れた、色とりどりの歯車たちの世界。
そんなことを思いました。
なんて。