「後悔しないように生きる」
この言葉を考えた人は、願いを込めたのではないのかな、と私は考えています。
この言葉には見えない枕詞があると思っていて、
それは「少しでも」という言葉なのではないかなと。
そんなことを勝手に思うのです。
なぜならある程度生きていれば、「後悔をしないように生きる」ことがいかに困難かわかるからです。
誰も彼もができることでは、きっとないと思うんですよ。
だから冒頭、私は勝手に「願い」を付け足したのです。
後悔しないように生きてこれた人ならば、この言葉を言うに至らないと思うから。
なんて。
そんなことを思った今日でした。