病んでる系カウンセラーのブログ

カウンセラー(アマチュア)視点で書くゆるゆる日記

AIによって、最善が最善ではない時代が来る。

みなさん、通称AIはご存知ですよね。

最近流行りに流行っている、例のアレです。
厳密にはまだAIではありませんが。

今日はちょっと興味深い話を聞いたので、その件について軽く触れようかな、と思います。

「最善が、最善ではない時代が来る」

と題して。

AIの申し子を泣かせた一手

本題に入る前に、軽く。
私が今回の記事を書くに至った理由をお伝えしようかと思います。

それは、とある将棋のお話です。

ちょっと前に行われた藤井聡太王将と羽生善治九段の対局で、
それは起きました。

すごくざっくり書くと、 羽生九段が指した一手は、
AIが弾き出す最善手から程遠い一手(鬼手)だったのです。
(確かAIの計算で6、7番目くらいの順位の手だったはずです)

藤井王将はその一手をきっかけに、
敗北を喫したと言われています。
(七番勝負だったため、結局は藤井王将が勝ち越しましたが)

AI将棋の申し子である藤井王将。
常に「最善手」を読んできた人間を打ち倒した、
いえ、最善手を読めるからこそ、
この鬼手が効いたのだそうです。

これが普通にAIとの対局なら、羽生九段は敗北していたかもしれません。

いくらAIのように最善手を弾き出せる藤井王将といえど、
人間であることは間違いありません。

これがですね。
私たちも考えなくてはならないことにつながるわけです。

これからの時代

これまでは、Google検索によってさまざまな情報を得ることができました。

ここからは、
AIに質問を投げかけることで、

「複数の情報から成る最適な情報」を知ることができます。

クリエイティブな分野はAIより人間が優れている、という考えも、もう終わりです。

結局のところ、
クリエイティブな分野だとしても、大体が既存の情報の掛け合わせであるわけなので、
この点でも人間はAIに負けます。

奴らはいろんな情報を記録していて、
そこにアクセスできるわけですから。

思い出すしかない人間には到底不可能な芸当です。

これにより誰でもが、
最善を簡単に知ることができるようになります。

そうなったとき、果たして。

「誰もがたどり着けるようになった最善は、果たして最善なのか?」
という課題が浮き彫りになるのではないでしょうか。

最善が最善でなくなるとき

もちろん。
いま将棋界で無双している藤井五冠を見れば、
最善を選ぶことが一般的に最も良いことは明らかです。

しかし。
最善を選べるからこそ、
羽生九段が指した鬼手に負けることがある。

私はこれが、
今後の鍵になると睨んでいます。

みんながみんな、テストで100点を取れるようになったら、
先生方はどうするでしょうか?

例えば大学受験。

どう頑張っても、全員が満点だからといって全員を受け入れることはできませんよね。

そう、答えは単純です。
テスト以外の何かで、合否を決めるしかないのです。

テストの点数はあくまでも例ですが、
テストで満点を取るのが簡単になってしまったら、
別の何かで優劣をつけなくてはなりません。

これが、

最善が最善でなくなる、ということです。

果たしてその時代が来た時に、
私たちに求められるものは何でしょうか。

前提として、最善手を弾き出せることがひとつ。
そしてもうひとつが、その上で「最も適した選択肢」を選ぶ力を持つことです。

少なくともきっと。
人間がこの地球上の頂点にいる限り。
この能力が求められることでしょう。

いつかAIが人間と同じ権利を持ち、資産を持ったりはしない限りは。

数値化できない、
データに表れない、
最善ではない、 その先の答えを見つけられるようにならなくてはいけないのです。

おわりに

ちょっと難しい話を、やんわり書きました。

結局ね。

私たちは人間相手に商売するわけです。
だから。

どっか人らしくあり続けなければいけないんじゃないかと。

そんな風に思うのです。