毎年この季節、思うことがあるんです。
それはお墓参りについて。
とある世代は。
お墓参りに行くことを当たり前と考え。
とある世代は。
そんなの面倒、友達と遊びに行くからとそこまで興味がない。
もちろん。
当然ながら個人差や土地柄など、色々あるんですが。
そういう考え方の違いでゴタゴタするのって、
本当に悲しいなと思ってしまいます。
程度は分かりませんが、そこそこの頻度で。
風の噂となって聞こえてくるんですよね。
個人的に。
御先祖の霊がどうとか、敬意を表するとか。
そういうものを大切にしようという考え方は受け継がれてきた部分もあるので当然な部分はあると思います。
何を否定しようとかそういう気は無いです。
ただ結局のところ、物事は何であれ。
お互いの考え方を一方的に押し付け合うという形になるところがあって。
例えばそれが原因になって。
お墓参りに行かないのはあり得ない、と激怒したりされたり。
ウザいとか何とか言って反発したりされたり。
そういうことで関係が悪くなる。
私がもし霊になってお墓にいて、生きている人がそうなっていることを知ったならば。
すごい悲しいと感じるだろうなぁと思います。
人の生き死にには沢山の感情が関わっていることがあって。
そしてそれは心の中の非常に深いところにあったりもするので。
だから。
お墓参りという故人との向き合い方についての捉え方に対して、感情が昂ることがあるのは当然、理解できます。
しかし、それはその人だけのものでもあるんですよね。
年代や関係性によってそれは分かりづらいんです。
黙ってても伝わるものではないと私は思います。
風鈴の音が儚く聴こえる人と、そうでない人がいるのと同じです。
どちらか一方に非があるとか、なんだとか。
人間関係なのだから、そんなことはなかなか難しくて。
当たり前にこうなるだろう、こうしてくれるだろうではなく、なぜこうなるのか何をもってそうして欲しいのかというところを。
亡くなった人だけでなく生きている人にもちゃんと目を向けよう、ちゃんと向き合おうというところを。
どちらかが大事じゃなく、どっちも大事だというところを。
考えようによっては、そんなことをお互いに考えるきっかけにもなる時期とも言えるんじゃ無いかと思います。
せっかくだから。
みんなで実りある時間を過ごすに越したことはないですよね。
なんて思います。
なにがし。