今日は、自分のやりたいことができなくてイライラする人、物事が思うように進まない人に。
おすすめの方法を紹介したいと思います。
その方法はズバリ。
「ペルソナになりきる」と言う方法です。
ペルソナは、心理学ではよく、「仮面」という意味合いで使われます。
これを活用して、解放すると心が楽になったりするもので。
そんな方法をご紹介したいと思います。
ペルソナを演じると心が楽になる
ペルソナは仮面です。
誰もが持っている、心の仮面。
例えば、年配の人と接する時。
関係性にもよりますが、大体の人はかしこまったり、自然と敬語を使ったりします。
逆に子どもと接する時、敬語で接する大人の方はそんなに多くはありませんよね。
相手を見て、自分がどういう態度や言動を取るか変えるわけです。
これが心の仮面、ペルソナ。
この、ペルソナを演じるということがやりたいことができない自分を救うことがあるんです。
ペルソナは、マイナスでありプラス
心の仮面ということは、本来の自分とは違う何かを演じるということです。
「それって、結局自分のやりたいことができてないんじゃないの?」
と思うかもしれません。
そうです。
ペルソナを演じ続けることは、時として本来の自分を表現できないため、疲労につながります。
例えば、コンビニ店員として働いている方は「コンビニ店員」としてのペルソナを演じます。
公務員ならば「公務員」のペルソナを。
上司がいる方は「部下」というペルソナを。
部下がいる方は「上司」というペルソナを演じています。
それぞれに、与えられた役割をこなすために。
だから、その演じるべきペルソナと自分本来の性格や目的があっていなければ、
ペルソナを演じることが苦痛になります。
つまり、マイナスなんですよね。
しかし。
そこには当然、プラスな一面もあります。
例えば、子を持つ「親御さん」。
親としてのペルソナを懸命に演じ、親らしくあり続け。
その結果、我が子に「ありがとう」なんて言われた日には、何物にも変えられない気持ちになるのではないでしょうか。
自分の持つ目的とペルソナが一致していれば。
それは、その目的を果たした時に嬉しく感じるんです。
それがペルソナのプラスの面だと私は思います。
要するに、「このプラス面のペルソナを演じ、求める結果を出すこと」が抱えたイライラを吹き飛ばすんです。
ペルソナを演じる方法
まず初めに、自分がどんな人間でありたいか、どんなペルソナを演じたいか。
理想を固めましょう。
それが固まったら、方法を考えます。
具体的な方法は大きく二つに分けられます。
リアルか、ネットかです。
リアルとは、実際に自分が持つ関係性の中で望むペルソナを演じること。
先ほど書いたように、子を持つ親ならば、親としてのペルソナ。
部下がいるならば、理想の上司としてのペルソナがそのまま演じられるわけですね。
ただし、これは少し難しい部分があります。
うまくいかないことが往々にしてあるからです。
なので、私はもう一方のネットを使う方法をお勧めします。
例えば。
ブログはものすごくお手軽かと思います。
私がたまにカウンセラー感を醸し出すのも、ペルソナと言っていいでしょうね。
カウンセラーっぽいことを言っているのが楽しかったりするので。
もちろんちゃんと資格は持っていますが、
普通の生活の中でカウンセラーっぽい発言を求められることはほぼないですし。
簡単に書けば、なりたい自分をいくらでも演じられるわけです。ネットでは。
もちろん、世間に公表されるわけですから責任はあるものの。
ある程度、いやかなり自由に。
「なりたい自分になれる」んです。
ブログだけでなく、TwitterやYouTubeも同様です。
それなりに責任は伴いますが、そういうところも含めて。
理想の自分として何かを発信することで、ちょっと気持ちは楽になるのではないでしょうか。
私はこっそりTwitterもやっていますが。
このブログのテンションとは全く違う、元気一杯のペルソナでやっています。
あまりにも雰囲気が違うので、そのアカウントと紐付けもしていません。
しかし、だからこそ。
それなりの、違った受け止められ方をされたり、発信ができたりします。
このブログでできないこと、書けないことをTwitterで別のペルソナがやってくれています。
逆もしかり。
元気一杯のTwitterでは発信できないネガティブなことを、なにがしというペルソナがここで吐き出すのです。
そして、リアルの私は。
ペルソナたちが軽くしてくれた心で、何とか今日を生きることができる。
そういう感じです。
自分という本体の代わりに。
ペルソナたちが心の安定を支えている、みたいな。
こういう感じ。
何となく、イライラやストレスを発散させてくれるような気がしませんか?
おわりに
もちろん。
「あるがままの自分」で生きることができたならそれに越したことはないでしょう。
しかし。
それができない人がいるのも事実なのではないでしょうか。
そんな人に、ぜひ。
やってみていただけたらなぁ、なんて思います。
自分が自分で、あり続けるために。
なにがし。