アドラー心理学には、ベイシック・ミステイクスという考えがあります。
ざっくり書くと、人は物事の受け取り方を悪い方に歪めてしまうということです。
これによって人は生きづらくなるから注意しようね、というものすごく単純な話です。
なので。
こういった受け取り方を改善することによって、人間関係にプラスの影響があるのではないか、ということを書いていきます。
この記事のターゲット
- 思い込みが激しいと感じる人
- 身の回りのことにイライラしがちな人
- ストレスが溜まっている人
- アドラー心理学に興味がある人
ベイシック・ミステイクスとは
ベイシック・ミステイクスとは直訳すると基本的な誤り、という意味です。
客観的に物事を見る、という言葉を聞いたことは誰しもあるかと思いますが、 アドラー心理学において、基本的に客観的に物事を見ることは出来ないものとされています。
これはつまり、受け取る情報を自分なりに歪めて意味付けをしてしまうことです。
主なものを5つ紹介します。
決めつけ
「こうに違いない」と決めつけること
誇張
「もしかしたら」と1を10に捉えること
見落とし
「ありえない」と、ある側面だけを見て都合の悪いところは見ないこと
過度の一般化
「みんなこうに違いない」一部分だけが悪いのに、あたかもその全てを悪者に(一般化)してしまうこと
誤った価値観
「わたしなんて」希死念慮など、心が病むような状態になる
このように、あくまでも私的な観点で物事を見てしまう傾向があるというものです。 そしてこの認知の誤りが、ストレスを生む要因となります。
対処法
共感の姿勢が大事と言われています。
そして、アドラー心理学では以下の三段階の対策が効果的とされているのです。
①出来るだけ客観的な証拠、事実を掴む
②常にベイシック・ミステイクスに陥っている状態であることを認知する
③プラスに捉える
あくまでも、私的なものの見方であることを受け入れ、その上でできるだけ客観的事実を元に、他人の感性に共感してみましょう。
ということですね。
おわりに
いくらベイシック・ミステイクスにとらわれていても 、あくまでも自分の感性で物事を見るということも大事ではないかな、と私は思います。
歪みと捉えるか、個性と捉えるかはそれぞれの自由です。
ただ、あくまでも思い込みに苦しむなら参考にしていただければ幸いです。
私の経験の範疇で見ても、このベイシック・ミステイクスに苦しむ人は少なくありません。
兎にも角にも批判してみたり叫んでみたり。
自分と考えが違えば否定し、悩み、苦しむ。
結果、お互いに理解しあえず、常に不快感を持って接する関係性。
それが悪いと言いたいわけではありません。
ただ。
あまりにも、自分の首を自分で締めているような人を見てしまうと、それを見る側としてもつらいのです。
多くの場合、自分を変える努力をしなければ、周りの人も変わりません。
自分の感性が正しく心地よいと感じるのは誰しもそうなのですから。
ベイシック・ミステイクスを知ることで何かの参考になってもらえたらいいなぁと思います。
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なにがし。