人のためになりたい。
困っている人を、なんとかしてあげたい。
人に寄り添いたい。
こういう考えは。
カウンセラーや、その辺りの職業を目指す人がなんとなく心に抱いています。
ぱっと見、素敵な言葉だと思います。
しかし、これは時と場合によっては毒である。
はっきり言ってしまうと、カウンセラーなどの心理職、聞き上手としての適性に関わる話です。
そんな話を書きたいと思います。
この記事のターゲット
- 人に寄り添う仕事に興味がある人
- 聞き上手に興味がある人
話を聴くのは、誰のため?
人に寄り添う。
そんな仕事において。
冒頭に書いたような考えはもちろん、あって然るべきだと思います。
奉仕の心、慈愛の心。
言い換えればそういう気持ちがこもっていると言えるでしょう。
しかし。
私はこれを、毒だと断じました。
もちろん理由があります。全てが毒でもありません。
ただし。
この気持ちが強いほど、それは時に不利益になるのは間違いありません。
ポイントは、誰のための言葉、もしくは気持ちなのか?ということになると思います。
冒頭の言葉を噛み砕いてみましょう。
人のためになりたい。
困っている人を、なんとかしてあげたい。
人に寄り添いたい。
これらは日本語的に見ると。
〇〇したい、という言葉なので簡単に言うと願望です。
自分がこうなりたい、こうしたい。
そんな意思のこもった言葉です。
厳しく書いてしまうと。
相談者には何の関係もない思いなんです。
報酬の有無にかかわらず。仕事であるにしろ、友人関係にしろ。
相談したい人は、自分の話を聞いてもらいたいから相談しているのに。
その相手が自分のための願望を前面に押し出してきたら。
当然、困惑します。
酷ければ、失望すらあり得るでしょう。
世のため人のためという思いは、願望に過ぎない。
これが、この気持ちが毒だという私の意見の根拠です。
ありがちな毒の効果
人の為になりたいという願望が強すぎると。
落ち込んでいそうな相手の話を無理やり聞き出そうとしたり。
特にアドバイスを求められている訳でもないのに、あれやこれやと一方的に話してみたり。
相手の気持ちに焦点を当てずに、自分がやりたいこと、言いたいことを優先してしまうケースがあります。
これが良くない結果に結びつきます。
別に悪いわけではないとは思うんです。
人と人とのやりとりの話ですから。
だから私は、使い方によっては薬にもなる「毒」と表現しています。
もし、自分が人の役に立ちたいと本心から思うならば。
このやり方が良くない方向に向かうかもしれない、ということに気付かなければなりません。
もちろん、力強く相手の背中を押すことも時には良いと思います。
それもまた根底に、相手の為にという強い気持ちがあれば問題はなく。
逆に自分の利益を優先するという気持ちが強すぎばうまくはいかない。
そんなことが言えるんじゃないかな、と思います。
まとめ
今日は、カウンセラーや聞き上手になりたい人にとっての毒と言える考え方を紹介しました。
人の為になる仕事がしたい、誰かの力になりたいという考えはとても素敵です。
しかしこの気持ちが強すぎると、相手も自分も望まない結果につながることがある。
自分を優先するなとは言いませんが、相手を見据えること、相手の利益を考えることは非常に大事なんですよ。
という話でした。
おわりに
これは、非常に難しい問題なのです。
ケースバイケースと言っても過言ではありません。
これで逃げるのはずるいと思うので、ちゃんと書きます。
目の前の相手を見据え、相手の利益を慮り。
かつ結果的に、自分も満足のいくスタンスであれば良いんです。
根も葉もない残酷なことを書くと。
仕事や役割の為と割り切り、徹底的に自分を殺し、相談者の利益を追求するような人の方が良い結果を残すこともある。
もちろん、これは一つのケースでしかないけれど。
こういうことを知っておくと、何らかの役に立つこともあるかもしれません。
なんにせよ、こういうことにマニュアルはありません。
相手も、自分という人間も、この世でただ一人です。
その絶対唯一無二の関わりの中で最善を尽くすことが、大事なのかなと思います。
なにがし。